夜道に響く「赤い鈴の音」。一度聞いてしまえば、決して逃れることはできない……。
創作怪談「赤い鈴の音」
深夜一時。最終電車を逃し、私は会社から歩いて帰ることにした。住宅街を抜けると、途中に小さな稲荷神社がある。昼間は子供たちが遊んでいるような場所だが、夜は人影もなく、鳥居の向こうは真っ暗だった。
鳥居を横目に通り過ぎようとした瞬間、「チリン」と澄んだ鈴の音がした。風もないのに、どこかで風鈴が鳴ったのかと思った。耳を澄ますと、その音は鳥居の奥、闇の中から聞こえてくる。
私は足を速めた。だが背後から再び「チリン」と音がする。まるで私を追いかけてくるように。振り返ると、鳥居の下に小さな人影が立っていた。子供のようだ。赤い着物を着ていて、手には小さな鈴を握っている。
顔は暗がりで見えない。ただ、白く光る瞳だけがこちらをじっと見ていた。
ぞっとして走り出すと、どこまでも鈴の音がついてくる。角を曲がっても、横断歩道を渡っても、音は一定の距離を保ちながら追ってくる。
やっとの思いで自宅のマンションに着き、ドアを閉めた。全身汗でびっしょりだ。安堵したのも束の間、窓の外から「チリン」と音がした。三階の部屋の窓辺に、あの赤い着物の子供が立っている。ガラス越しに、無表情で鈴を振っていた。
その夜、眠れずに明かした。翌朝、恐る恐る窓を見たが、誰もいない。夢だったのかもしれない、と自分に言い聞かせて出勤した。
しかし、通勤途中、同僚から奇妙な話を聞いた。
「昨日の夜さ、あの稲荷神社の前で女の人が倒れて亡くなってたらしいよ。手には赤い鈴を握ってたって」
背筋が凍った。昨夜の子供、あれは一体何だったのか。
それから数日、夜になると自宅の窓辺で鈴の音がするようになった。外を覗くと誰もいないが、机の上に置いたはずのペン立ての中に、小さな赤い鈴が紛れ込んでいる。触れると冷たく、どこか濡れているような感触がした。
やがて私は高熱にうなされ、会社を休んだ。布団の中で意識が朦朧とするなか、耳元で「チリン」と音がした。顔を横に向けると、布団のすぐ脇に赤い着物の子供が座っていた。無表情のまま鈴を握り、私の額に押し当てる。
「もう、あなたの番」
その声と同時に、視界が真っ赤に染まった。
――後日。私の部屋を訪ねた同僚が見たのは、布団の中で冷たくなった私の姿だったという。手には、あの赤い鈴がしっかりと握られていた。
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