病院の夜勤清掃中、空き部屋のはずの病室で聞こえた「声」。カーテンの向こうにいるのは誰なのか……。
創作怪談「病室のカーテン」
夜勤のアルバイトとして、市内の古い総合病院で清掃を任されていた。昼間は多くの患者と医師が行き交うが、夜になると廊下は一気に静まり返る。消灯後の病室は重苦しい空気に包まれ、わずかな物音でも背筋が冷たくなる。
その日、私は東棟の四階を担当していた。看護師から「401号室は空き部屋だから掃除しておいて」と言われたので、モップを持って部屋へ向かった。
病室のドアを開けると、薄暗い非常灯だけが灯っていた。四人用の部屋にはベッドが並び、それぞれに白いカーテンがかかっている。誰もいないはずなのに、奥のベッドだけカーテンが閉じられていた。
嫌な予感がして、そっとカーテンをめくった。
そこには誰もいなかった。シーツは乱れておらず、ただ冷たく整えられているだけだった。胸を撫で下ろし、掃除を始めようとしたその時――。
「……すみません」
背後から声がした。振り返ると、さっきのカーテンがわずかに揺れていた。誰もいないはずなのに。足音もなく、ただ布が小さく震えている。
「すみません……痛いんです」
今度ははっきりと聞こえた。恐怖で手が震えたが、逃げ出すこともできず、もう一度カーテンをめくった。
だが中にはやはり誰もいない。けれど、シーツの中央が少しだけ沈んでいた。まるで誰かが横たわっているように。
慌てて部屋を飛び出すと、廊下で看護師に呼び止められた。
「顔色悪いね、大丈夫?」
私は震える声で今の出来事を話した。すると看護師は、少し気まずそうに視線を逸らし、ぽつりと言った。
「……その部屋、ね。去年まで末期の患者さんが入ってたの。毎晩『痛い』って訴えてて……最後はあのベッドで亡くなったのよ」
耳の奥に、あの声が蘇った。
――「すみません、痛いんです」
以後、401号室には誰も入らなくなった。それでも夜勤のたび、カーテン越しに人影が見えるという噂は絶えなかった。
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